ひろみ&米山家の近況

今年は良い事ありそうな予感!?

苦しかる日の 過ぎゆきて 大神の 恵の光り 今ぞ 仰がむ

↑ 箱根神社に初詣に行った際に、おみくじの最初に書かれていた言葉です。なんだか今年は良い事ありそうな予感!?

運勢は小吉でした!みなさんはどうでしたか?
以下ちょっと気になった部分だけ覚え書きですw

願望 思い通りに叶いますが、人とよく相談しなさい

待ち人 来ません 便りあり (来ません。って言い切られるとちょっと淋しいですね…)

家庭 愛情を長く育て、こどもの成長を願え

病気 御神徳を仰ぎ快くなる

旅行 事故に注意しなさい

事業 隆昌に向かうが慎重にせよ

失物 出にくい よく探せ  (うわー、整理整頓心がけよう!)

相場(賭) 運よし 利益あり (よっしゃー、今年はジャンボ宝くじ買ってみるかな♪)

**************

〜ご連絡〜

フェイスブックの友達リクエストを、どなたからもお受けできるように設定変更しました。面識のある方からのリクエストは、すぐに承認させて頂く予定ですが、まだお会いした事がない場合には、一言メッセージを添えて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願い致します♪

Posted by hiromi in ひろみ&米山家の近況

本年もどうぞよろしくお願い致します♪

みなさま、明けましておめでとうございます♪
三が日はゆっくり過ごせましたでしょうか?

今年も、撮影させていただいたお客様から続々と年賀状を頂き、楽しく拝見させて頂きました!
年賀状にお写真を使って下さったり、赤ちゃんが産まれたよ〜とご報告くださったり、ご家族の近況をお知らせ下さったり…見ていて気持ちがほっこりするものばかり♡本当にありがとうございました♪

それにひきかえ、私の方は準備が遅れ大変申し訳なかったのですが、HIROMIPHOTOからお世話になったお客様や、お仕事関係の方々へは、上の賀状をお送りさせて頂きました。モデルとなってくれたのは、カメラマンの友人ファミリーです♪
引っ越しをされて、ご住所がわからなくなってしまったお客様以外は、全てお出ししたつもりですが、ウチにはまだ届いていないよ〜!という方がいらっしゃったら、ご連絡下さいませ。

私がお送りするハガキの中から、少しでも当たりが出てくれたらいいなぁ〜と願いながら、毎年書かせて頂いています。

さて、今年は、何事もスピードアップを目指して頑張りたいと思います!
本年もどうぞよろしくお願い致します♪

Posted by hiromi in ひろみ&米山家の近況

リッチな!?手作りクリスマスケーキ♪

みなさん、今年のクリスマスはいかがでしたか?

我が家は、こども達が小さいうちは、クリスマスのイルミネーションを見に、宮が瀬まで行ったりもしていたのですが、最近は、仕事ももちろんですが、長男の部活があったり、次男は家族よりも友達と一緒に過ごす事の方が良くて、なかなか家族揃って出掛ける機会が少なくなり、ちょっぴり淋しくもあります。

今日は、いつもお世話になっている、お菓子作りがとっても上手なKさんからスポンジケーキをいただいたので、長男と、丹那の生クリームを泡立て、韮山の紅ぽっぺで飾り付けをしました♪

完成したケーキと共に、にっこにこの笑顔も撮りたかったのですが、中学2年の長男が一緒に写真に写りたがらなくなってきたことは、私としてはとても残念です。苦笑
みなさんのご家庭ではどうですか?思春期ってこんなものなのかな〜。

さて、今日で年内に撮影させて頂いた画像処理もようやく終わりました。明日からは年賀状の準備に入りたいと思います。毎年もっと早くから準備しておけば良かったのにと思うのですが…
これから写真をどうレイアウトするか、1から考えるので、お世話になった方々のお手元に到着するのは、三が日を過ぎてからになるかもしれませんが、どうかお許し下さいませ。

Posted by hiromi in ひろみ&米山家の近況

写真展巡りをしてきました♪

JWPA(日本ウエディングフォトグラファーズ協会)で仲良くして頂いている渡辺未知さんが、新宿のペンタックスフォーラムで「旅するウエディングフォト」展を開催されていたので見に行ってきました♪

会場には、素敵な写真ばかりが30点程テンポよく飾られていて、大きなテレビで、イギリスの手作り結婚式の様子もスライドショーで見る事が出来て、そのレイアウトの仕方や見せ方がとても勉強になりました。

これから結婚される方には、準備段階など良い参考になると思いますし、既に結婚式を挙げられた方達からも絶賛されているのを横で聞いて、ちょっぴり悔しくもありました。笑

和紙にプリントされた軟らかい雰囲気や、モノクロ手焼き写真の美しさは、インターネットで見るのとは違った感動がありますので、明日16時までの会期ではありますが、お時間のある方はぜひご覧になってみて下さい♪

未知さんに刺激を受けて、私も写真展やらなくちゃ!と感じましたw

ペンタックスフォーラム
新宿区西新宿1-25-1
新宿センタービルMB(中地下一階)
ペンタックススクエア内
03-3348-2941

その後は未知さんもブログでお勧めしていた篠山紀信さんの写真展、「写真力」と、富士フイルムフォトサロン東京で開催中の、写真家達によるチャリティー写真展もはしごしてきました。

「写真力」では、飛び抜けて大きな写真のパワーに、圧倒されそうになりながらも、写真家に求められている事ってなんだろう?と考えさせられました。

私が受け取った事は、きちんと撮る事の大切さ。
東京ディズニーランド25周年の集合写真などは、さすが!としかいいようがないほど、見事に整列した美しい写真でした。

そして、それとは反するようなんだけれども、被写体の方がさらりと見せる素の表情を、いかに逃さずにキャッチできるか。
安室奈美恵ちゃんがソフトクリームを手に路上を歩く姿は、ステージでビシッと決めている時とは違ったかわいらしさが滲み出ていました♪

そして更に、その方の以外な一面を捉える事ができたら、最高だろうなぁ〜と感じました。今回は、澤穂希さんの女性らしく美しい衣装をまとった写真に、とても心惹かれました。

終盤には、東日本大震災の被災地で、現地の方々を撮った写真も展示されていて、その表情から、想像する事しか出来ないのですが、家が無くなってしまって、せめてご家族の方だけでもご無事でいらっしゃいますようにと祈るような気持ちで拝見させて頂きました。

また、写真家達によるチャリティー写真展では、毎年オリジナルプリントを即売して、その収益金を恵まれない子ども達のための支援に寄付しているのだそうです。
本年度のチャリティー写真展の収益金は、福島原発事故による被害を受けている子ども達のために活動している
「いのち・むすびば 放射能からいのちを守る山梨ネットワーク」への寄贈を予定しているそうです。
六本木での展示即売は本日で終了となりますが、12/21〜12/27まで、フレームマン・ギンザ・サロンで引き続きチャリティー写真展を行うそうですので、お近くにお出掛けの際はぜひお立寄になってみて下さい。

フレームマン・ギンザ・サロン
東京都中央区銀座5-1 銀座ファイブ2階
03-3574-1036

気に入った作品がありましたら、1点1万円でお買い上げいただき、木製の四角い額縁ごとその場でお持ち帰りができます。

Posted by hiromi in ひろみ&米山家の近況

初めての家族旅行の思い出

唐突ですが、みなさんは家族旅行、毎年行っていますか?

米山家の場合は、私の実家への帰省が家族旅行のようなものだと思っていましたし、両親もこどもも喜ぶので、他の地域へ行きたいとはあまり思いませんでした。

ですが、一昨年、
「たまには新潟以外で家族旅行をしてみようか?」ということになり、10月の秋休みを利用して、主人の母も一緒に、初めて山梨の千嶋旅館に一泊しました。

写真は、宿泊した翌日に、宿の裏手のぶどう畑で、ぶどう狩りを初めて体験させて頂いた時のものです。大きくてずっしりとした、見事なぶどうを惜しげも無く取らせて頂きましたw

そして、今年もどこか旅行にいきたいね〜という話になり、また秋休みを利用して行きたいと主人と計画を練っていましたが、中学2年の長男は、家族旅行よりも部活の練習を優先したいと言いまして、今回は流れてしまいました。まあ、大会が近かったので、お休みしたくないという長男の気持ちもわからなくはないですし、ありがたいことにお仕事も沢山いただいておりましたので、泊まりに行っている場合ではないというのが実情だったかもしれません。

中学生になると、親と一緒に行動するよりも、友人や先輩後輩達と過ごす方が楽しいのでしょうね。今日は法事で、久しぶりに家族全員揃って行動を共にし、「みんなで出掛けたのは何ヶ月ぶりだろうね〜?」と、振り返っても思い出せないくらいでした。笑

これからも、一緒に過ごせる時間を大切にしてゆきたいと思います♪

Posted by hiromi in ひろみ&米山家の近況

お誕生日の記念写真♪

今日は、次男10歳のお誕生日でした♪
へその緒を首に巻きながらこの世に産まれて来て、早10年!

お誕生日には、毎度産まれた時のことを話しますw
そして今日は、保育園を卒園する時に作った、卒園記念の小さなアルバムも一緒に見返しました。次男はもちろん、一緒に写っているお友達もまだあどけなくて、ほっぺもちょっとふっくらとしていて、かわいかったです。
あと何年一緒にお風呂に入ってくれるかな〜。

「10歳までいったら、次の年からは1つずつ赤ちゃんに向かって戻って行ったらいいのにね」
って、主人に言ったら笑われました。

お誕生日のメニューについては、数日前から主人とも話していて、「お肉が好きだから、実家の庭でBBQでもしようか?」なんて言っていたのですが、生憎の雨模様。
外食でもいいよなんて、主人は言ってくれたのですが、今回は少しだけでも手作りのものを用意したくて…。

揚げたてのフライドチキンは美味しいってたくさん食べてくれました♪

手巻き寿司は、自分が子どもの頃、特別な日に用意してくれて嬉しかったから。今日は生キハダマグロとイクラを、自分の好みで巻いてもらいました♪

野菜→ブロッコリー&オクラ塩ゆで、かぼちゃのそぼろあん

本当はもう一品くらい用意できたら良かったのだけれど、ケーキもあったので、足りたようですw

写真は、私が撮っているので、自分は写れず。涙
セルフタイマーだと表情がいまいちだったりする人が出て来ちゃうんですよね…。

やっぱりご近所に、家族の専属出張カメラマンがいたらいいなぁ〜なんて思う今日この頃です。笑

Posted by hiromi in ひろみ&米山家の近況

陸前高田からのメッセージ


写真は平成9年の台風で、旧湯河原高校(現在は湯河原中学校として借用中)付近が高潮を被った時のもの。

「湯河原の子どもの未来の会」に寄せられた陸前高田の方からのメッセージです。
多くの方に読んでいただきたいと思い、許可を得てシェアさせていただきます。
長文ですが、ぜひお読み下さい。

以下、陸前高田在住の方からいただいたメッセージ

先日、ヤフーニュースを見てこの問題を知りました。私は岩手県陸前高田市在住の者です。
東日本大震災の大津波により大変な経験をしているので、この湯河原中学校の問題について黙っていられなくてメッセージとして送ることにしました。

先ずは、東日本大震災に際しまして、被災地に救援物資、支援物資や義援金をお送りいただいた方、ボランティア活動など支援活動により直接被災地を訪問支援していただいた方、何かしら被災地に関わりを持ち行動していただいた方すべてのみなさんに、心より感謝と御礼を申し上げます。皆さんの『かゆい所に手が届く以上の隅々まで行き届いた支援』に感激するとともに沢山の支援により、勇気と元気をいただき前を向くことが出来ております。誠にありがとうございました。

私たちは、子供たちを学校に通わせる際、授業やカリキュラム、体験学習など様々な授業を受けることにより、将来社会に貢献出来る大人になるための教育を受けさせる場として学校へ通わせていると思います。
学校は、教育を受ける以前に子供たちの命を守り、安心して教育が受けられる安全な場所でなければならないはずです。

湯河原中学校は海の直ぐ側にありますね。これは、高台に学校を移すべきです。
私達の学校のことを例に挙げて述べさせていただきます。
私達の地域の中学校は、海抜0メートルの川の河口にあり、海の目の前に建っていました。
築30年の3階建ての校舎で、全校生徒90人位の学校です。
私たちの地域の中学校は、大津波により屋上まで津波が襲い水没しました。校舎は残っていますが、教室は所々打ち抜かれています。学校内にあったものは殆んど流されてしまいました。
体育館は、津波により跡形も無く破壊されました。校庭は、一番海側にあるテニスコート3面は、堤防が決壊したため土をえぐりとられ、海の波打ち際となりました。

生徒は、地震発生時、体育館で卒業式の練習中で、体育館サイドのギャラリーが崩落したので、本来は津波注意報や警報が発令になった場合に避難行動を取ることになっていましたが、先生の指示に従い、直ぐに避難場所まで走って逃げました。引き潮が凄かったので、更に高台へ避難して全員無事でした。子供達はその場で津波襲来の様子を見ていましたが、津波がものすごい勢いで町を襲いかかる様子を見ているうちに、恐怖と家族を心配して女子生徒が泣き始めた為、先生方が生徒全員を杉林の中に移動させて、津波を見せないようにして薄暗くなるまでその場で避難しました。その後、地域の人たちの誘導により、山道を歩いて学校から1キロ離れた所にある公民館に移動して、二晩過ごすことになりました。電気は停電しており、また、雪が舞っている状態でストーブや毛布は付近の家からかき集め、毛布や布団は2~3人で一枚使う状態でした。先生方も地域の人たちと協力して炊き出しなどを行いました。中学校の北700~800メートル離れた場所にある小学校も3階まで津波が押し寄せ、小学生と小学校に隣接する保育所の子供達も山道を移動して同じ公民館に避難してきました。(小学生、保育所の子供達は全員無事です)被災住民も含めると1300人の人たちが公民館に避難してきました。小さな公民館のため、近くのお寺と神社に分かれて避難生活が始まりました。
親の多くは、子供の無事を確認するにも、公民館に通じる道路が津波により寸断して行くことが出来ずにおりましたが、翌日、翌々日に公民館に迎えに行くことが出来て、自分の子供を見つけると抱きあう光景がそこにはありました。

小中学生は、二晩公民館等に避難して、公民館から1キロ南にある、高台にあり難を逃れた小学校に移動しました。家を流され、避難先がない小中学生は、その小学校に家族とともに避難することになりました。
先生方も家に帰らず、子供の様子を見ながら一緒に避難生活をしていただきました。校長先生が長く、2週間子供達に寄り添って頂きました。先生方の中にも家族を亡くしたり、家を流されるなど大変な思いをしている状況の中、子供達に寄り添ってくれました。感謝の念で一杯です。

私達地域の北側にある小学校の津波襲来時の様子を述べますと、海から700~800メートル離れており、古い町並みが残る中心地に学校があり、過去の大津波に遭遇しなかったこともあり、校庭に避難しておりました。地域住民も多数避難しておりました。防災無線で、津波が堤防を越えました。更には、近くの川の堤防を越えましたとの放送を聞き、様子を見ていた先生が機転を利かせて、学校脇の急な山を、初めに5・6年生に草を踏ませながら登らせ道を作り、そのあとを1年生から順に山を登らせました。
低学年は、恐怖のあまり泣き出す子もおり、励ましながら急ぎ登らせたそうです。全員登りきった所へ津波が校庭に勢いよく流れてきて、間に合わなかった地域の人たちが津波に呑まれ流されて行ったそうです。
その様子を子供達が見ていたそうです。見た子供の中には、ショックのあまり一週間も口を開かなかった子もいたと言う事でした。
小学校に通う子供達は、現在でも自宅から通う子供は1人も居ません。小学校学区内の家屋は、97%津波により流されました。現在は、同じ中学校区内の南側の小学校に間借りする形となり、スクールバスで通い、
一緒に勉強しています。教室にはそれぞれの学校の先生二人で授業をしています。
来年度、統合することになっています。

南側の小学校でも半分の子供達が家を流され、仮設住宅、借家で生活しております。
私の家は幸いにも高台にあり難を逃れることが出来ました。しかし、親類に多くの犠牲を出しました。
職場も被災しました。

私達の中学校は、8割の生徒が家を流されています。

中学校では、校内に有った書類、パソコンなど全てが流失しており、卒業間じかの3年生は内申書など、小学校からの様々な記録簿が全くなくなった状態です。娘は2年生までのものがありません。

学校は被災して使える状態にはなく、市内の山間にある22年度で廃校となった中学校を間借りして授業を受けています。生徒はほぼ全員スクールバスで30分かけて通学している状態です。
避難する時はジャージ着用していたため、制服もないため、県内、県外の2校からその年の卒業生から支援していただきました。ほか色々な物を救援物資としていただき、しのいだ状況でした。
部活は、近隣市町に移動して練習しました。

遡る事、私が中学3年の時に建設された校舎です。当時、校舎を新築するに当って、隣接する山を削って海抜20メートル以上の場所に建設する話がありました。津波を想定してのことでした。
しかし、旧校舎を解体して、その場所に建設されました。中学生でありましたが、移転候補地の用地買収交渉がうまく行かなかったために現在の場所に建設することになったと、大人たちから聞かされました。このように学校が被災して、当時、なぜ用地買収交渉が不調に終わったか、
事情をしっている人たちは悔しい思いで話をしています。
この地域は、昔から津波を何度も経験しているのに、残念な結果であります。

海抜7メートルに立地している学校だから、想定浸水高6.8メートルの津波の影響は受けないと言っているようですが、今回の東日本大震災の大津波が人間のキャパシティを超越した大津波となり、甚大な被害を受けています。陸前高田市のハザードマップでは、市中心部では、50センチメートルの浸水想定でした。実際は、4階建て市役所の4階まで津波が襲い、屋上に避難した人が辛うじて助かっています。
市役所と隣接する市民会館は避難場所に指定されていましたが水没。また、約200メートル離れている市民体育館も避難所に指定されていましたが、この3施設に避難した人たち、300人弱の方々が津波により
犠牲になっています。陸前高田市は、死者、行方不明者約1800人になります。

今まで、津波避難訓練をしたことが無い地域まで津波が襲っており、多くの犠牲者を出しています。

こちら三陸では、明治29年、昭和8年の大津波を経験して海抜20メートル以上の場所に町ごと高台移転したところがありますが、今回そのある町にも津波が襲い被害を受けています。

現実に、想定以上の津波が来て、湯河原中学校と同じ状況に有った私達の地域の中学校が申し述べましたとおりの状態となりました。

絶対はありません。

釜石の小中学校では、群馬大学の教授を招いて防災教育が行われており、子供達に想定に捉われないで避難行動を取りなさいと指導していたそうです。釜石市の中心部にある釜石小学校の半分くらいの子供達が、
地震発生当時下校しておりましたが、この教育を実践することにより、家族を救うことにもなり、全員無事でした。
釜石の奇跡として全国に知られています。

現在の湯河原中学校において、津波警報、注意報が発令された場合に、屋上に避難するマニュアルになっているようですが、東日本大震災に照らし合わせた場合に、屋上に避難して助かった学校もあります。
しかしながら、一晩屋上で過ごして、翌日明るくなってから避難所等安全な場所に移動しています。夜は雪が舞い、急ぎ避難したために上着を着ないで暖を取るすべも無く寒い思いをして避難しています。津波が町や周囲を凄い勢いで襲っている所を子供達は見ています。自分の生死とともに恐怖心に襲われているのです。
実際、こちらの中学生が高台に避難して津波襲来を見た子供達の中にはPTSDになった子供も居ます。
先生方もです。他の学校でも同様のようです。現在、各学校には常勤と巡回の心理カウンセラーが2人配置されて対応しています。ある小学校では、一度屋上に避難したあと、高台避難に切り替えて全員助かりました。その小学校は3階建ての校舎でしたが、結果的に屋上まで津波が襲い水没状態となったそうです。
人間の想定をあざ笑うかのように津波は襲ってきました。このように海のそばにある学校がいかに危険かお分かりいただけたでしょうか。第2、第3・・・・第6、第7・・・の大川小学校になる可能性のあった学校は被災地には少なくなかったのです。先生方の避難マニュアルに無かった機転の利いた行動により、多くの子供達の命が救われたんです。将来を見据えて、安全な場所に学校を移転して、防災機能を
持った地域の避難場所にしたほうが多くの人命を救う事になると思います。どのようにお考えになりますか。

国道を横断する時に逃げようと必死になっている車が止まってくれますか。

こちら被災地では、避難する車で渋滞が発生した時、交差点で右折しようにも出来なかったそうです。
車で避難する際、事件、事故扱いになりませんでしたが、醜い話もあります。

もし、先見の明が有って学校が高台に移転していたならば、子供たちが命の危険を感じる事無く、また、避難場所となっていたであろう中学校に避難した地域住民をどのくらい救えたであろうと思うと悔しくも感じております。

子供たちの命を第一に考えて、行動してもらいたいものです。

教育委員会や議員の皆さんには、是非、被災地を訪問していただき、実情を見て学んで頂きたいと思います。

皆様の活動が、将来を担う湯河原の子供達の安全を取り戻せるように心よりお祈りしております。

〜メッセージはここまでです〜

旧湯河原高校跡地の購入協議を中止し、湯河原中学校を安全な場所へ移転を求める署名運動は、明後日30日が締め切りとなります。そして、10/2の本会議で最終的な判断がなされます。

陸前高田から届いたメッセージを読んで、私は涙が止まりませんでした。湯河原の議員さんはもちろん、教育委員会や、町、県、国の、行政に携わる方にはぜひ読んで頂きたいと思いますし、海沿いの市町村に住む全ての人達にも知ってほしいと思い、シェアさせていただきました。

移転を求める署名は、湯河原町民以外の方でも可能です。
湯河原のこどもの未来を考える会のページ下からネット上で署名が出来ますので、ご協力をお願い致します。これまでの詳しい経緯なども、会のホームページでご覧になれます。

Posted by hiromi in ひろみ&米山家の近況

*「湯河原中学校を安全な場所へ」署名と拡散のお願い*

今日は写真の話題ではなく、湯河原町のこども達の将来のために、皆様のお力をお借りしたくて記事にしています。

写真は、現在県から借りて利用している、湯河原中学校の校舎と、その周辺の様子です。海際の埋め立て地に建つ、築30年以上の旧湯河原高校を、湯河原中学校として借用しています。(平成21年〜現在)

昨年の震災以来、あの場所で本当に大丈夫なのだろうか?と、ずっと気にかけ、友人と共に、できるだけ教育委員会や町議会、議会報告会などにも足を運び、お話を聞いてきました。
また、県知事にも生徒の安全を第一に考えた対応をして下さるようお願いのメールを送っておりましたが、……。

現時点では700名近くが安全に避難する方法は、3階に上がる以外にないと考えられていて、その方法で本当に生徒の命が守られるのか、保護者の間からも不安の声が多く上がっています。

教育委員会、教育長、町長、議会の議員さん達が、保護者の声に耳を傾けてくだされば良いのですが、一部の議員さんを除いては、残念ながら期待ができないと感じました。

もはや町外の皆様や、専門家の先生のお知恵とお力もお借りしないと、生徒達を守れないのかもしれません。

今年の7/9の保護者説明会の席でも、以下のような意見が保護者から出たにもかかわらず、その後の説明や報告もないまま、町はこの9月に県から海際の土地の買い取りを行おうとしているのだそうです。

—–以下抜粋です。—–

Q25「3/11の震災以来、海岸沿いに学校を建設するような自治体は全国的に見ても無いと思います。文科省の提言でも、海岸沿いには建てないようにとされている事ですし、危険な状況にある学校は速やかに移転する事が好ましいとされているのに、町の教育委員会が何で逆方向にベクトルが向かないのか、不思議でしょうがない。どうしてこども達の命を守るために、まず教育委員会が行動をしないのか納得ができません。」

Q26「3/11の震災を経験して、日本全国民の価値観が変わった中、未曾有の津波や震災が起きた後に、海岸線に今から学校を建てますか?絶対に建てないですよね。それと同じ事を、買い取りという方法でしようとしているのではないのですか?」

A「先ほど、地域政策課が説明しましたように、中学校の建物が7メートルにあります。津波高が6、8メートルですので、絶対的に危険と指定されたものではないと認識しています。」

Q29「大規模改修工事(屋上にフェンスを設置する事等)も、こども達の安全を考えている事は理解できますが、それ以前に、もっといろんな方法があるように感じます。例えば少子化傾向の中で、10億、20億という多額の予算で校舎を買い取り改修するのであれば、新校舎を建てるか、湯小、吉小を一体化してどちらかを中学校にするとか、いろいろな方法があるんだと思います。そういうふうに何件か本当に考えて検討したのかお聞きしたい。別に教育委員会を責めているんじゃなくて、思いをすくい取ってもらいたいんです。」

A 「その件につきましては、議会の中に教育施設のあり方等調査特別委員会が設置されましたので、そこで、さまざまな角度から意見交換をしていくことになっています。」

Q37「今すぐに屋上のフェンスがほしいことはみんな理解しています。それにしても、あの土地に何十億もかけてしまったら、あそこに通う生徒の命も預けるというのは、ちょっと理解し難い部分があります。それが自腹だとして、そのフェンスがほしいがために何十億もの借金をするのが疑問で、みなさんそう思っているはずです。町として一番いい方向に話を進めていくことが大事だと感じています。アンケートでの自分達の気持ちをくみとってもらいたいことと、町にとっても、親にとっても、住んでいる人にとっても、将来その負債を抱えていくことになるんですから、それだけの価値があるのかどうか、もう一度白紙にした状態で考える事はできないでしょうか?」

A 「先ほどから申し上げていますように、教育委員会ではその権限は持っていません。」
———-

等のやりとりがあり、会場からは時折大きな拍手が沸き起こりました。その他の質疑については、湯河原の子どもの未来を考える会/7月9日保護者説明会をぜひご覧下さい。

この日の参加者は、わずか70名程です。町民のほとんどの方が、この実情を知らないまま、旧湯河原高校取得契約が進められようとしていることに、本当にびっくりしました。

ちなみに、平成9年には、台風による高潮で、こんなに波をかぶっていたのだそうです。

私も、この事実を何とかして多くの町民の方々にお知らせしなければと思い、旧湯河原高校買い取りを差し止め、湯河原中学校を安全な場所に移転する署名運動のお手伝いをしています。

署名はネットからもできます。町外の方、県外の方、お子様でも可能です。
よろしければ、こちらのページ下からご協力をお願い致します。期限は8/31までとしておりましたが、議会への追加提出が可能なことがわかり、9月末まで延長する事にしたそうです。

そして、既に署名にご協力をしてくださった皆様、本当にありがとうございます♪厚かましいお願いですが、どうかご友人や知人、職場の皆様にもこのことを伝えて、湯河原の子ども達が安心して学べるよう、さらにお力を貸していただけないでしょうか?ひとりでお願いに回るには限りがありますが、賛同して下さった方々が更に伝えていただけたら、きっと大きな力になると信じています。
チラシや署名用紙も、代表から少し預かっておりますので、ご協力いただける方はお声かけいただけると嬉しいです。

私達も街頭に立ち、署名活動ができないかどうか、あちこちに許可を求めているところですが、先日はOKだった小学校前での署名運動も、公道ということで、明日予定していた分は実施ができなくなりました。
町内の小、中学校や保育園、幼稚園で、チラシを配ったり、署名運動ができれば手っ取り早いのですが、それもNGなのだそうです。地域毎に回覧板で隈無く知ってほしいとも思いましたが、それも許可が必要なのだとか…

メディアに取り上げてもらえたら話が早い、と考えたのは私だけではなくて、すでに仲間のKさんやTさんが「噂の東京マガジン」や、東京新聞などに、チラシや取材の依頼を郵送済みだそうです。
私も先日メールでお願いをしました。

また、シェアしていただくことによって、防災の専門家の方々の目に止まり、この買い取りが白紙に戻される事を心から願っています。

今日は16時から17時半まで、国道135号線沿いのエスポットさん入り口で署名活動を行います。そして、明日も同じ時間帯に、小田原百貨店湯河原店さんの入り口付近で署名活動を行います。署名の許可を出して下さった両店と、既にご協力をいただいたヤオハンさんや、その他のお店や事業所の皆様にも心からお礼を申し上げます。

Posted by hiromi in ひろみ&米山家の近況

毎日ドロドロです♪

我が家の次男、本当にこどもらしい夏休みを過ごしておりまして…

毎日砂と汗にまみれて、ドロドロになって帰ってきます。

真っ暗になる前に帰って来てね♪と毎回念を押して送り出すのですが…

楽しくて止められないみたいです♪

そして、この時も既に18時半を回っていて、一向に帰る気配がないので、私は先に帰ってきちゃいました。
楽しい楽しい夏休みも残すは明日のみ。

宿題終わるのかしら〜♪

Posted by hiromi in ひろみ&米山家の近況

「好きなことをやりなさい」

今日は打ち合わせの後、東京都写真美術館に寄ってきました♪
ゼラチンシルバープリントの美しさや、鋤田正義さんの、ミュージシャンや俳優さん達のポートレート作品に魅せられて、気づけば閉館時間になっていました。

後から知ったのですが、木曜と金曜だけは午後8時まで開館しているのだそうです。

今日はたまたまTV局の取材も入っていて、鋤田先生の撮影時の思いなども聴く事ができて、とてもラッキーでした♪鋤田正義展「サウンド&ヴィジョン」は9/30までやっているので、ご興味のある方はぜひお出掛け下さい♪

取材で最後のインタビューの際に、
「好きなことを見つけて、それをやりなさい。好きなことならば、続けられるから。そしてなんとかなるから。」
言い方は少し違ったかもしれませんが、内容的には上記のようなことをおっしゃっていたのが印象的でした。

わたしの生き方も、きっと間違ってはいない。そう確信しましたw

写真は美術館を出てすぐに見えた空です♪

Posted by hiromi in ひろみ&米山家の近況